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ぼやき

な、ななんと。

日曜日に シューベルトセレナード D921の動画でもこしらえようかなと準備していたところ、

使用開始から18か月で

PCのハードディスクが、壊れました。

今まで使ったPCのなかで最も短命です。


確かに。

シャットダウンしたはずなのに勝手に5秒後にリブートするし、スリープモードに入ると5分間は起動しなかったり・・・挙句の果てにはシロウトにむかってBIOS書き換えろとのメッセージがでてたり、バックアップが取れなかったり・・怪しいなぁと思いつつ

ま、動くんだからいっかと使っていたのがまずかったのかもしれません。

バックアップとっていませーん。

\(^o^)/

PCからのメッセージやrecommendationは指示通りにしないといけないのですね。

えーと。

ウィーン少年合唱団2012の公演チケット発売が1月13日から始まります。
http://www.japanarts.co.jp/hatsubai.htm

サントリーホール5月3日、6月17日オペラシティというのがアーツさんプレゼンツ分。

例年のように4月下旬に来日し関東近辺あるいはそのほかの地方でツアーを開始するのでしょうか。




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来年。

アーツさんの2012年コンサートカレンダーがアップされていました。

http://www.japanarts.co.jp/plan/index.htm

2月末から3月にかけてのトマーナのマタイ、4-6月のウィーン少、11月から12月にかけてのクロイツコア・・・with 森さん.

トマーナのマタイ聴きに行きます。

むむ。

明日締め切りのパワポに戻ります。


葉桜の森をみつけて感傷に浸る

金曜日の午後、夕暮れの葉桜の森、上野の森を勤務先17階フロアから偶然見つけました。

あの森の入口で胸躍らせてデマチした昨年そして一昨年の春の夜がずいぶん昔のように感じました。


週末は横殴りの雨風のなか、国際フォーラムに出かけてまいりましたが、閑散としていました。
毎年恒例の賑やかなラフォルジュルネのポスターも、見かけない。
こっそりグッズを眺めるのが楽しみだった、ショップもクローズされていました。

さびしいな。

そして何よりもチケット払い戻しのお知らせに、そうか今年は聴けないのかと。

ウィ―ン少の公演はここ数年、風光るこの季節の楽しみでした。

ホールに漂う繊細な歌声、ホール毎に少しずつ変わるその響き。
コンサートも楽しみだけど、会場に向かう移動時間のわくわく、会場でのリアルファン友との会話、コンサートの余韻に浸りながら帰宅する道すがら。

そういったものが無いんだなぁと思うとさびしいです。

公演(延期)中止は仕方ない。
シューベルト 詩篇23番ます が気になっていたので、残念(まだ言う)

14日現地で行われたチャリティーコンサートの詳細はどんな形で届くのでしょう。
4コアが全員集合したそうで、たしかに、ニュースクリップで聴くことができる総勢4コアの歌うふるさとは重厚すら感じられ、毎年コンサートホールでぼんやり、ああ、日本の歌っていいなぁとのどかに聴いていた曲とは違って聴こえました。

ワタシの耳にとまったのは、公式のコンサートプログラムにはアップされていない「歌声の響き」。
この映像で、ふるさと、とたぶんベートーベンのミサ曲のつなぎと、インタビュー映像の後に一瞬登場していました。
アルトとメゾのスキャットに導かれ、ソプラノの旋律が大きく弧を描くように漂う綾なすアカペラのイントロ部分。

2009年組の濃密なアカペラが昨日聴いたようによみがえってきました。

♪だんじょかりゆし、うたごえの・・と歌いだすシンタロウ君の力強い堂々としたたっぷりとしたソロ。
コロラチューラでがんがん歌っている時と、全く違う表情と声色で歌の世界を展開する力量の持ち主であるシンタロウ君。
最終日、オペラシティの遠い2階席にむけて声が届くようにと歌っていた姿も目にうかんできます。
バックの3声のコーラスも見事でした。

あれから足掛け3年。
シルバーのネクタイのスーツ姿でスピーチする姿、立派になりました。
ヴィエネンシスのメンバーになったのですね。
・・・いかんポエミーになってしもうた。

「歌声の響き」には歌を詠まれた天皇陛下、曲を作られた皇后陛下と、園に暮らす人々の間に生まれた心のつながりとその確かな暖かさがそこにあり、短い曲ながら非常に印象に残っています。
こちらの9ページに詳細があります


人と人のつながりの歓びの歌なんだなぁと。今こういう時期だからこそ感じるのかもしれません。


懐かしい写真1枚。

会の終わりに


以下お返事です。

続きを読む »

5日目

海外からこっそりコメントをくださる皆様、電話でお話をきかせてくださったkeiko様、ありがとうございます。
元気にしています!

夜になると街のネオンは全て消え、道を走る車もまばら。
マンションの常夜灯や街灯の明かりだけ。
ざわめきも何もかも吸いつくすような夜の静寂。

スーパーやコンビニエンスストアの店頭からはトイレットペーパーやレトルト食品の姿が消え、子ども用のおむつはわかるとしても、生理用品までが姿を消していました。
これにはたまげまくりです。
売れていないのはアルコール飲料と洗濯洗剤、ファッション雑誌に化粧品くらい。
そういえば卵やパン、乳製品はここ5日見かけないですね。

ガソリンスタンドは朝から車が並び、早い時間に閉鎖。
こりゃすごい。
異様な雰囲気です。

世界の中で誰もが経験したことのない未曾有の原発トラブル。
自ら大量の放射線を浴びながら、必死で対応している方々のことを思わずにいられません。

あえて書きますが、
たとえ不安ゆえの行動であったとしても、ですね、批判や怒りの矛先を彼らに向けることが何になるんでしょう。


ワタシの目下の心配事は避難所生活で苦しんでおられる方々。
そして自らも被災しながら、避難所や病院で皆の生活を支えている方々。
寒さと空腹と水分摂取不足、皆さまの体調が心配でなりません。
とくに津波の中に巻き込まれた方々、どうか肺炎を発症していませんように。
テレビに映る避難所の高齢者の皆さまの顔色や表情を見るたびに心が痛みます。
義援金送るだけじゃなくて少しでもそばに行きたい。


11日以降、めまい感やふらつき感、ときには記憶の混乱を訴える方が増えています。
みえない形で私たちをむしばむ災害の恐ろしさ。
放射能のこと、止まりかけた物流、生活に関する不安。
こりゃデリケートな方々には精神的にしんどいだろうな、と思います。
いまここで、そういった方々を支えるのもワタシの仕事。

個人的な悩みの二つ目は、11日以降頻繁に起きる余震で、自分が揺れているのか地面が揺れているのかわからないことでした。
しかし「地震を契機に発症した内耳機能の軽い障害+頸性めまいが起きているのんじゃないの?」という、神経内科の専門の同僚が分析しているのを聞いて納得。

どちらにしても、必ず止まるから、余震か自分の揺れなのかなんて考えてもしかたない。


ちょっと悩みましたが、叱責覚悟かつ、腹立ちを感じられる方がいたらゴメンナサイですけど、
次からはいつものぶぁか満載のブログに戻します。





その時

地震が起きた時 ワタシは勤務先の18階フロアにいました。
突き上げられるような衝撃のあと、回旋するような揺れがはじまりました。
スタッフはぱっとに持ち場へ散り、ベッドや重要機器を押さえたり、おびえて泣く人たちを慰めたりしていました。
揺れはいつまで続くのだろうと思うくらい長い間続き、若いスタッフの顔は強張っていました。
怖い、という声を飲み込みながら、大丈夫ですよ、すぐ治まりますからね、と動けない人々へ語りかける姿をあちこちで目にしました。

ワタシはグラグラ揺れるなか階段をよろけながら(まっすぐ歩けない)ひとつ下のフロアに降りて見回りました。
そこも持ち場で必死に頑張る若いスタッフたちの姿が。

しばらくすると窓の向こうに台場のビル火災から上がる黒煙、窓の下ではオフィスビルの表や公園に集う大勢の人々の不安そうな様子が見えました。

あ、と気付くと隣のビルの最階上にあるオフィスはもぬけの殻。

大きなゆれが、3回続く中 フロア二つを行き来し歩き回っているうちに吐き気すら催してきました。
たとえて言うなら国鉄時代の特急しなのに乗って、まさに振り子状態がピークの時に通路を歩いて行く感じ。

地震酔いっていう言葉初めて知りました。

夕方、オフィスビルの方々が食糧調達に走り始めるころ、職場も帰宅が難しい人たちに共同スペースを開放しはじめました。

エレベーターが停止していたので、1階まで階段で下りて(これも目が回る)、控室で交通機関の復帰を待っていましたが、どうやら無理そう。
かといってそのまま勤務先に残るになれず、21時過ぎにを勤務先を出ることにしました。
時折突き上げるような余震を感じながら1時間半かけて歩いて帰宅。
外気温6度、風はなくてもほんのり寒い。

幹線道路は交通渋滞、車で埋め尽くされ、歩道は家路をもくもくと歩む人々の列が続いていました。
ラッシュアワーの街並みとなんら変わらないその風景は淡々として、落ち着きはらった人々の様子に驚きました。

帰宅して部屋の中の様子は。
真っ暗な部屋に明かりがついていて、おやと思ったら冷蔵庫の扉が開いたままでした。
電気をつけるとそれなりの状況。
冷蔵庫から飛び出し床で見事に割れている卵、粉々になったコップやマグカップ。
CDキャビネットは倒れているし、冷蔵庫の上の電子レンジが落ちかかっているのを見たとき、地震のエネルギーの大きさにぞっとしました。。
都内の家は程度の差すらあっても、こんな感じだったのではないでしょうか?

あとで知ったのですが、2フロア上の水道管が破裂し、階上のお部屋を経て水漏れがあったそうで、不在中に管理人のおじさんが掃除してくれたようです。

あれからずっと絶え間なく余震が続いています。

でも。

テレビで繰り返し放映される東北地方の状況には胸がかきむしられるような気持ちになります。

救助を待つ人々、救助に携わる人々。

どうか無事で。

そして災害の連鎖がこれ以上続きませんように。




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Author:hiromian

日々のこと、少年合唱のこと、少しずつアップしてまいります

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